毎日欠かさず更新される、こぐれひでこさんの「ごはん日記」。
2000年2月にカフェグローブで連載が始まり、2014年にマイロハスにお引っ越ししてから、あと少しで20年を迎えようとしています。
そんな記念すべきタイミングで刊行された『こぐれひでこのおいしい食卓』(海竜社刊)は、日本料理、西洋料理、アジア料理、卓上料理……といったジャンルごとに、近年の「ごはん日記」を再編集したもの。知りたかったレシピや書き下ろしエッセイ、季節の食材を描いたコラムも加わった、とびきり素敵な一冊です。
毎日、毎食、おいしかったものもまずかったものも、私が食べたすべてのものを公開したらどうかしら? そんなことを考えて始めたブログ「こぐれひでこのごはん日記」はもうじき20歳になる。その間、やむを得ぬ理由で非公開だった日は……10日あったか、なかったか。
『こぐれひでこのおいしい食卓』2ページより引用
こぐれさんの概算によると、これまで紹介されたごはんは、実に20412回分。今回、連載立ち上げからカフェグローブで編集を担当された松本典子さんに話を聞くことができました。
ポラロイド写真に手書きのメモで
今はiPhoneで撮影されていますが、当時はアルバムに1日1ページ、ポラロイドカメラの写真を3カット貼り付けて、肉筆でメモを書いてくださっていました。私はそれを1週間ごとにご自宅に取りにうかがい、スキャンしてデータを切り出していたんです。
長期の海外滞在にもポラロイド持参でしたから、こぐれさんは本当に大変だったと思います。
新著を読み、なじみ深い「トマト・ファルシ」や「アンディーブ・オ・ジャンボン」といったメニューが今も健在で、レシピも出ていたことがうれしかったと松本さん。
こぐれさんの自宅を訪れるたび、キッチンからテラスを通ってアトリエに戻ってきたこぐれさんが、ハスキーな声で「はい」とお茶を出してくださったことが忘れられないといいます。
それはそれは素敵なお宅でした。一緒にお茶をいただきながら、最初の読者としてページをめくり、めくり。質問したり、説明を受けたり、羨ましがったり……ほんと楽しいひとときで。緊張感もありつつ、実にありがたい仕事だったなぁーとしみじみ思い出します。
「本当に豊かな暮らし」に触れる喜び
リニューアルに伴いカフェグローブからマイロハスに移っても、不動の人気連載であり続けている「ごはん日記」。
2年前から編集を担当する田中麻佑さんは、「ほぼリアルタイムでiPhoneから原稿をいただいています。こぐれさんの原稿はほとんど滞ることはありません」と話します。
こぐれさんの言葉には嘘がないので、レストランの情報も楽しみにしています。「これ、おいしい」と書いてあると気になって。新しいお店や珍しい料理にたくさん出会うことができました。
読者の方が仰っていたのは、「本当に豊かな暮らしをしている人生の先輩がいる、それを覗かせてもらえるのがうれしい」と。
食事もテーブルコーディネートもインテリアも、こぐれさんならではのセンスがあふれているので、見ているだけで心が豊かになる気がします。
月日の流れは素敵なことを運んでくれる
夫であるTORU君こと写真家の小暮徹さんと、いつまでも仲良しで楽しそうに食卓を囲む姿にも憧れると田中さん。言葉のはしばしから伝わってくるTORU君との名コンビぶりは、「ごはん日記」の特別な魅力のひとつです。
「はじめに」で、「食をめぐる私たちの生活は変わった」と書いた。それは豊かな食材のおかげでもあるが、イチバン大きな要因は、夫が料理の面白さを知った(らしい)こと。そもそもの始まりは港で買う活魚である。鮮魚店でとどめをさしてもらったそれを、家で捌く。鱗をとって内臓を出し、三枚におろす……時には力を要するこの作業を、自分の役目と自らの意思で決めたのである。(中略)月日の流れは不思議な、そして素敵なことを運んできてくれるものだ。歳を取るのも捨てたもんじゃない。
『こぐれひでこのおいしい食卓』118ページより引用
目黒区青葉台から、今の住まいである三浦半島・秋谷の海を望む家に移り住んだ当初は、慣れない暮らしに気分が沈むこともあったというこぐれさん。
日記には三浦半島の食材のすばらしさと、メキメキ料理の腕を上げるTORU君に支えられ、新しい土地に馴染んでいく過程がありのままに書きとめられていました。
私に料理を作ってくれる人がいることも、私の料理を食べてくれる人がいることも、本当にかけがえのないことなんだと気づかせてくれた「ごはん日記」。毎日のチェックが習慣になっている筆者ですが、手ざわりのいい紙の本が手元にあるうれしさは、また格別!
これからも折々に読み返して、自分の暮らしも振り返っていけたらと思います。
こぐれさんのおいしい毎日
[ こぐれひでこのおいしい食卓 ]